陸前高田市より報告3(4/25−29)

By , 2011年7月1日 10:15 PM

(今回参加した林さんのリポート)
 
Br.シャーンタアムリタジは、2月から休むことなくオーストラリア、フィジー、ケニアなど慈善活動のために世界を回り、4月11日に帰国後すぐに調査のために被災地へ向かわれ、次の活動へと私たちを導かれました。私たちが安全に活動できるよう、少ない時間を有意義に使えるように、宿泊先やボランティアセンターの情報を提供してくださいました。私は「家にいて祈ったり、義援金などを送ったりした方がもっと助けになるかもしれない、今行ったらかえって足手まといになるかもしれない」と心配もありましたが、この機会をありがたく受け取り、今回の支援活動に参加させていただくことにしました。
 

4月25日に東京を車で出発。愛媛、神奈川、東京、岩手出身の東京在住者。途中で長野、群馬からの仲間と合流。仙台からの仲間は、直接現地入り。高速を使って、8時間くらいでした。朝9時にボランティアセンターに行くといろいろな仕事のリストがあり、こちらの人数、性別、資格、装備、希望などによって仕事が決まります。派遣先の地図をもらって、各自、車で現地へ向かいます。
 

洗濯を依頼した方も、どこから手をつけていいかわからないような混乱の中、何かが一つでも片付いていくことで、物だけでなく気持ちの整理もついていくのではないかと感じました

1日目、男性チームは瓦礫撤去、仙台チームは避難所での調理。私たちのチームは、洗濯でした。水が出ないので、川で洗濯でした。のどかな山奥の小川です。
そこにいると、津波があったことを想像できませんが、洗うものは、津波で泥だらけになった生活用品です。一つ一つ手洗いします。シーツ、毛布、重くて川で洗うのは大変です。慣れない作業に腰が痛くなりました。便利な暮らしにすっかり慣れてしまっている自分を感じました。無心になって洗い、川辺に山のように積まれていたあらゆる物は、きれいに片付きました。それを見て、私たちは気分が明るくなりました。心も洗われたように感じました。洗濯を依頼した方も、どこから手をつけていいかわからないような混乱の中、何かが一つでも片付いていくことで、物だけでなく気持ちの整理もついていくのではないかと感じました。
 

復興の湯に併設するカフェコーナーでは「こんな時だからこそ本当に皆さんにくつろいで安らいでほしい」と、ゆっくり丁寧に入れるドリップ式コーヒーを提供していました

コーヒーを飲んだり、ハンドマッサージを受けたりしながら、いろいろな話が始まります。私はただうなずいて聴いているだけでしたが、自分の心境や不安などきいてもらうだけでも嬉しいようでした

2日目~最終日までは、「復興の湯」という仮設の入浴施設で働かせていただきました。そこは、被災者の有志たちが開いた公民館の倉庫を改装した無料の施設です。近くの建設会社社長さんたちが、すべて手作りで完成させました。私たちは、お風呂用のタオルを補充したり、洗濯したりしました。併設されているカフェコーナーでコーヒーを入れたりもしました。
 
カフェコーナーといっても、屋外の、ビニールシートを張っただけの空間ですが、責任者が、こんな時だからこそ本当に皆さんにくつろいで安らいでほしいので、ゆっくり丁寧に入れるドリップ式コーヒーを提供していました。そこに、お風呂から出た人たちが集まってきます。地元ボランティアの女性がやってきて、按摩マッサージをしていました。
 
私も次の日からアロマセラピーのハンドトリートメントをやらせてもらいました。コーヒーを飲んだり、ハンドマッサージを受けたりしながら、いろいろな話が始まります。私はただうなずいて聴いているだけでしたが、自分の心境や不安などきいてもらうだけでも嬉しいようでした。
 
被災者の方から、「あなたが家族をおいてここに来ていることを、本当にあなたの家族にすまないと思う、感謝していることを伝えて欲しい、 毎日ちゃんと電話しなさいよ」と逆に気遣いの言葉をかけていただきました。
ある方は、マッサージを受けながら、「あなたはこういうことができていいね。もし私が被災者じゃなかったら、誰かを助けるために自分に何ができるんだろう。」と話していました。被災し、住む家もないというのに、他の人を思いやり、助けることを考えられるなんて、それだけでもすごいと思いました。私を心配している家族にも、メールでこの話を伝えると、家族も感動していました。「しっかりとお手伝いし、学ばせていただきなさい」と返事が届きました。この経験は、奉仕だけでなく、自分自身のために大きな学びとなりました。
 

復興の湯を立ち上げた責任者は、1500人のための避難所の設立もしました。役所や自治体とは関係ない、ホテルで仕事をしていた方です。みんなのために働き詰めで、胃潰瘍で病院に運び込まれたこともあったそうです。彼にも、アロマを受けてもらいました。自分が何かしてもらうのは初めてだったみたいで、すごく喜んでくださいました。
 

支援物資の仕分けをしていたら子供から励ましの手紙と235円が入っていました

支援物資の仕分けをしていたら、 子供から励ましの手紙と235円が入っていました。 「きっとこれ、自分のお小遣いだね」と責任者が言いました。 “200円”ではなく、“235円”です。 きっとその子がその時持っていた全部だと思いました。
 
「こういうのが一番うれしいよね…」と一緒に涙を流しました。私が今回の岩手滞在中で一番感動したことです。どれだけたくさんの金額や物資を送れたかとか、どれだけ沢山の瓦礫を撤去できたかとか、ではなく、どれだけの想いを届けられるのか。持っているすべてを差し出すことができるのか。この子供は、純粋な気持ちのすべてを象徴する235円を捧げたのです。
 

自衛隊、警察、経験者でなければ被災地で支援活動をするのは難しい、という噂もありましたが、ボランティアの現場に行ってみて、私のような女性で腕力などなくても、医師や看護師といった資格などがなくても、することはたくさんある、ということがわかりました。そしてまた、現地に行くことができなくても、235円を送った子供のように、真心という支援もあると知りました。
 

最終日の仕事を終えて、「復興の湯」を去る時が来ました。 みんなと握手しました。「さよなら、またね、元気で、がんばって」という言葉はなく、無言か、小さく「ありがとう」とだけ。でも、そこには言葉以上のたくさんの想いが交わされていました。 「被災地へ行って、そこにいる方たちとどんなふうに接していいのか、どんな言葉をかけていいのかわからない」とシャーンタアムリタジにきいたことがありました。スワミは、「行けばわかるよ」とだけおっしゃいました。実際行ってみて感じたのは、一生懸命働くこと、おいしいコーヒー、アロマの香り、マッサージ、笑顔、握手、こういったものに言葉はいらなかった。東京の学生ボランティアさんたちは、車まで見送りに来てくれました。彼らは、泊るところも決めずにテントを持参してきていたので、 私たちの宿に一緒に泊ってもらったのでした。とても素朴であたたかい方たちでした。おばちゃんが、ずっとずっと車を追って、道路のところまで、最後まで見送ってくれていました。ひとりでぽつんと、道路の端っこにたたずんで、手も振らずにじっと車を見送っているのです。私はそれを見て、胸が一杯になってしまいました。ボランティアを長期続けている方がいますが、 なぜこのような不便な場所でそんなに長くできるのか、なぜまたすぐ戻ってくるのか、わからなかったのですが、この別れを経験してその気持ちがよくわかりました。今後も、陸前高田を中心にこのような支援活動が続く予定ときいています。長期に渡る支援となると思いますので、また行く機会があることと思います。
 

私たちが、こんなにスムーズに有意義にこの活動ができたのは、Br.シャーンタアムリタジのきめ細やかで思いやり深い調査のおかげです。スワミの被災地レポートを読むと、大変過酷な状況での調査に、頭が下がります。この調査があったから、私たちには自分と同じような苦労がないように、出来る限り環境の整った宿泊所と装備と情報を準備してくださったのだと思います。そして、私たちを導き、見守り、たくさんの学びを与えて下さったアンマに感謝を捧げます。

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